ランチを君と

6/6
前へ
/913ページ
次へ
私の唇から離した指でそっと自分の唇に触れた兄が、切ない目で私を見つめている。 ――お兄ちゃん、私とキスしたいの? 兄が望むならキスしてあげたい。そんなことすら思ってしまいそうになる。 でも、それは慎一に対する裏切りだ。 「膝枕はダメ。慎一が告白して来た時、私が膝枕してあげてたから。私たちにとって、特別な意味があるの。だから、昨日も逃げちゃった。ゴメン。」 「ふーん。でも、お袋の前で手を繋いだり肩を抱いたり、腰に手を回したり髪に指を絡ませたりしたから、そこらへんはもういいよな?」 「やっぱり、そういうこと? お兄ちゃん、子どもじゃないんだから……」 「子どもじゃないから、おまえに触れたい。」 兄が真剣な顔でそんなことを言うから、私はため息を飲み込んだ。 「困らせないで。どこまでが普通の兄妹の範囲内かわからなくなる。」 仲の良い兄妹なら恋愛感情など抜きに腕を組んで歩いたり、ハグしたりするかもしれない。 もしかしたら、挨拶代わりのキスだって…… いやいや、日本じゃそれはないか。 私の頭の中の混乱を見透かしたように、兄が薄く笑った。 「結局は俺がおまえに恋している限り、指一本触れたらダメってことなんだろ? 堂本的には。」 それは単純明快な答えで、私は大きく頷いた。 「でも、そんなのは無理だ。」 キッパリ言い切った兄が私の目をまっすぐ射抜く。それが私を落ち着かなくさせる。 「夕べ、おまえを抱こうかと思った。ほんの一瞬だったけど。」 「お待たせしました。」 言葉を失った私の前に、明太子とイカのスパゲッティの皿がトンと置かれた。兄の前にはカルボナーラ。 店員が去って、フッと息を吐いた。 「お袋がそこまで警戒するなら、いっそ抱いちまおうかなんてな。一度抱いたら諦めがつくかもしれないし、おまえの気が変わるかもしれない。ちょっと賭けてみたい気がした。」 「無理やり?」 自分の声が震えていて嫌になる。 でも、まさか兄がそんなことを考えるなんて思いもしなかった。 「無理やりじゃない。キスすれば身を任せるだろうと思った。」 「私は慎一を裏切ったりしない。もしも、そんなことになったら私は自分を許せなくて、きっと壊れてしまう。」 「わかってる。今のは冗談だ。ほら伸びるぞ。」 冗談なら慎一に話す必要はないよね? 必死に自分に言い聞かせながらフォークを握った。
/913ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3660人が本棚に入れています
本棚に追加