第13章 もう一人にする気はない

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何なの気安いこの態度。わたし、あんたなんかと親しくなった覚えなんかないんですけど。そう毒突きつつもちょっと安堵する気持ちもある。口の利き方は最低だけどいい人ぶった感じ良さより余程こいつらしい。多分こっちが普段の素なんだろう。どうしてか、自分の本性が知られたことで却ってわたしに親しみを持ったのか。奴は悪びれず気さくな表情で話を続けた。 「でも、朝っぱらから婚約者の兄貴に車で送らせるなんて穏やかじゃないよな。そっちと朝まで過ごしたの?結構やるじゃん、矢嶋。やっぱり俺の目に狂いはなかったな。淑やかぶって見せても実は相当の遣り手だって絶対思ったんだ」 わたしは憮然として、でも面倒は真っ平なので渋々即興の釈明をした。 「だって、お兄さんもご両親と一緒の家に住んでるから。昨夜はお父さんとお母さんに招ばれてそっちに泊まったの。こないだの子はまだ学生で、今卒論の追い込みで。…朝方まで勉強してたみたいだから運転するなって言われて。お兄さんが代わりに送ってくれただけ、単に」 篠山はつまらなそうに肩を窄めた。 「何だ、面白くない。金持ちの品行方正なご家庭って感じだな。家族ぐるみのお付き合いなんて一体何が楽しいんだか」 全くだ。気持ちはわかる。 初めてあんたと共通認識が持てたわ。 奴は気軽にわたしの頭にぽんぽん、と手を置いた。 「ま、あんたが自覚してるかどうかは知らないけど。出自がお嬢様だろうが何だろうが、矢嶋の本質はやっぱりビッチだと思うな。生まれはともかくあんたはこっち側の人間だよ。…男女のいろんなこと、これから物足りないとかもっと深く知りたいとか思い始めたら俺のこと思い出すといいよ。絶対楽しませてやるからさ。いいとこのお坊ちゃんなんかにはあんたは勿体ないと思うよ」 わたしは眦を決して彼の手をぶん、と振り切りきっぱりと言い渡した。 「余計なお世話です」 またね、矢嶋ちゃんとめげずに明るい声で片手をあげてる奴に目もくれずさっさとお盆を持ってそこを去る。全く、過ぎたこと気に病まないにも程がある。上司を通じて何か彼の家族の方からお咎めがあるかと思ってたら結局何事もなく済んだので、ほっとして油断してるんだな。 その懲りない態度に少し釈然としないけど、まぁ敵意を持ち続けてずっと隙を狙われるより余程いいかと気を取り直す。どういう訳かわたしは捕食対象の弱小生物から彼の仲間候補に繰り上げされたらしい。
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