なかったことに、しましょうか

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もうすぐ日付が変わる。 24時間営業の珈琲ショップ。 オレンジ色の照明に、えんじ色のフカフカな椅子。 木目調の内装によって作り出されたこの空間は、闇夜に一人で過ごすには温かすぎず冷たすぎず丁度いい。 半分ほどに減った珈琲カップの隣。 定位置に置かれた分厚い手帳に、愛用している細めの万年筆。 ブルーのインクで文字を走らせながら、私は今夜もあの人の気配だけを感じている。 通路を挟んで斜め隣のテーブル。 座り方は向かい合わせであるけれど、私は今まで一度だって彼と目を合わせてしまったことはない。 秘書よりも探偵の方が向いているかもしれないな。 こうやって過ごすようになってから、もうすぐ半年。 絶対に気付かれないように振る舞っているくせに、最近では気付かれないことに不満を感じるようになっていた。
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