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母は、いつも優しく、辛抱強く、明るく……でもどこか、街の人とどこかで何かがズレていた。
昔、父親が飼っていた兎を両親に捌かれ妹と大泣きして、食卓が居た堪れない雰囲気になり、誰も兎に箸が付けられなかった話をした時なんかがそうだ。
母は『私は、牛を飼っていた』と言う。
デカい……。
6歳まで、商店街の店舗兼自宅。
2階の6畳一間の家に一時両親と弟妹と住んでいた私にとって家で牛を飼うと言う発想は、正にファンタジーだった。
『良いお小遣いになるとよ』
ペットに牛で、お金になる?
私が首を傾げて『意味分からない』と言うと母は、まるで犬を飼うなら散歩。猫を飼うなら去勢はセオリー(理論・理にかなっている)だろ?と言わんばかりにこう続けた。
『仔牛から買って、大人になったら、売りに行くんよ』
すかさず、『何処に?!』と言う私に、母は言った。
『市場によ』
音楽の授業で歌った『ドナドナ』のサビと、田んぼのあぜ道を牛の手綱を引きながら歩く若かりし母の姿が、絶句する私の脳裏に浮かんでいた。
けれど、だ。
母の思考回路についていけないのは、何も母ばかりではなかった。
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