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「そろそろ孫の顔が見たい」
久しぶりに実家に帰った日、何気ない父の言葉にピクリとしてしまった。
きちんと愛してもらっているのに一年近く経っても子供はできない。
『しばらくは子供を作らないで夫婦二人の時間を楽しむ』という考え方もあるけれど、私たちは特にそういう気持ちもなかった。だから避妊もしていない。けれどコウノトリには避けられている。
私たちの結婚のいきさつを知っている母は、
「まさか、まだ雅也さんのことを想っているわけではないわよね?」
キッチンで二人で立っていたときに小さく言った。
「そんなことない」
強い口調で答えた。自分にあれほど酷い仕打ちをした男のことを想い続けているなんて惨めすぎる。もちろん祐基にも失礼だ。
ただ雅也との思い出を忘れてしまったわけではない。5年間、どちらかというと私の方が彼に夢中だったのだから。
雅也のことが頭を過るとき必ず思うのは、あのとき私は何が一番悲しかったのだろうかということ。
雅也に捨てられたことをもっと気が狂うほど泣けていたら、あの頃のことをすっきり忘れられていたのかもしれない。
ただ、5年間雅也に対して抱き続けた感情が愛しているというものだとしたら、私は祐基に対してあの激しさを感じたことはなかった。
こんなに愛してもらって大切にしてもらっているのに。私は最低だと思う。
リビングで父の晩酌の相手をしている祐基の笑い声が、心のどこかに刺さる。
『女は愛されて結婚する方が幸せになれるのよ』
叔母の言葉がまた甦る。
でも私も祐基を、夫をちゃんと愛さなきゃいけない。
コウノトリが来てくれないのは、私のせいかもしれない。
静かに時間は流れる。
同じ日常が繰り返される中で、祐基は少しも変わらない。
いつも温かい微笑みで私を見つめてくれる。優しい言葉をかけてくれる。丁寧に愛してくれる。
ゆっくりと髪を撫でてもらう心地良さの中で微睡んでいく時間が、とても幸せだと思う。
そして私はそんなことにもいつか慣れてしまっていった。
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