176人が本棚に入れています
本棚に追加
『結婚するなら、スキになってがいい?スキになられてがいい?』
女子会の席でそんな会話をしていたのは、20代前半の頃だ。
学生時代から付き合っている雅也とそろそろ5年になる私は、いずれ彼と結婚することになると信じていた。だから
「私は好きになってがいいなあ」
とちょっと余裕を持って答えていた。
「由美はリア充だもんね」
そんな言葉と共に、軽くこづかれることはやっぱり快感だった。
2歳年上の雅也は、サークルでも人気があったし、入社したA社でも順調に成績を伸ばしている。もう少ししたらプロポーズしてくれる気がしていた。
**
『大切な話がある』
雅也からのメールの文字にちょっとときめいたのは、幸せへの扉が開くと考えたからだ。だから同期のサチに言ってしまったんだ。友達だと思っていたし。ちょっと浮かれて心の中でウエディングベルを鳴らしていたとは思う。
いつも仕事帰りに待ち合わせをするカフェのテラス席で、遅れてきた雅也は信じられない言葉を言った。
「別れよう」
言われた言葉を音でだけ聞いて、意味が咀嚼できないでいた私に、雅也は淡々と告げる。
自分の会社の後輩を妊娠させてしまったこと、責任を取らなくてはいけないこと。
まるで観てきた映画の説明をするみたいに、淡々と。
そこに至るまでの話や、そこに至るまでの事々に関する説明や、お詫びの言葉や言い訳さえもなかった。
別れるということよりも、私と付き合いながら、なぜ別の女性を妊娠させたのかということが知りたいと思ってしまった。
もし、彼女が妊娠しなければ私を選んだの?
一番、ショックなことはなんだったんだろう。過程なのか、結果なのか。
カフェに一人残されたあと、立ち上がることも出来なかった。
たった今、自分の身に起こったことのすべてを、理解することができない。
19歳の時から5年、信じて培ってきたと思っていたものはなんだったんだろう。
一生懸命作ってきた砂の城が、一瞬の波で何も無くなってしまったことだけは、じわじわと理解できたのだけれど、まさか波が築いた城以外も飲み込んで流してしまっていたことは、その時の私には知る由もなかった。
最初のコメントを投稿しよう!