林檎の樹のしたで

Ⅰ. 偽りの結婚

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　傷心の極みに立ってしまった私に、追い討ちをかけたのは同期のサチだった。

『由美はもうすぐ結婚退職する』

　何も知らない彼女は、私がカフェで絶望の淵をさまよっていた同じ時間、会社の飲み会で大々的に発表していた。
　確かに、結婚したら専業主婦になりたいし、雅也もそれを望んでいることは話したことがある。
　今回ももしかしたらと言ってしまった。でも、私に確認をする前にってひどいと思う。悪気はなかったとしても。

　雅也に別れを告げられたという事態を、よく飲み込めていなかったことは幸いした。泣くこともできなかった私は、少しぼうっとした状態ではあったが、目が腫れることもなく翌日出社できたから。
　会社に着くと、同じ部署の何人もの人に

「おめでとう」

と言われた。そのときはなんのことだかわからなかった。

　総務部の課長からかけられた

「夏くらいですか？」

という言葉の意味も含めて、何が起きているのかを知ったのは昼休みになってからだった。

　興奮気味のサチから

「いつになったの？８月？」

と言われたから。
　サチには曖昧に答えた。このスピードで広げる彼女の口が怖かった。

　５年間の交際を一方的に断ち切られたことを理解することもできないでいる間に、社内では私は半年後、結婚退職することになっていた。