Ⅱ. 幸せな林檎

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**  その日、食後のデザートにリンゴを剥いた。ちょっとした遊び心で、うさぎ林檎にする。  ひときれを二つに切って、小さな二羽のうさぎ林檎を作る。  林檎一個分の小さなうさぎたちをガラスのお皿に入れて祐基の前に出すと、彼はとても喜んでくれた。 「かわいいねぇ、一口で食べられるけど、かわいそうだね」  祐基はガラスのお皿を両手で持って、上から下から横からと数羽のうさぎ林檎を楽しそうに見ている。  そんな様子に私も思わず笑顔になる。  どちらかというと大雑把な義母は、子供の頃から、うさぎ林檎を作ってはくれなかったらしい。だからなのかとても嬉しそうに珍しがってくれていた。 「祐さん、早く食べなきゃ色が悪くなるよ」 「あっ、なるほど」なんて言いながら、楽しそうにうさぎ林檎をつまんで見ている姿に、笑いながら声をかけた。  祐基の何気ないひとつひとつの仕草に、心の中に芽生えたほんわりとした気持ちは私を笑顔にしてくれる。 「ものごころついてから、林檎は丸かじりしてたなあ。そうするものだと思ってた。まあ男兄弟だったしね」  小さなうさぎ林檎に『ゴメン』と謝ってから、それを一口で食べる祐基の姿が可愛くて、私は声を出して笑った。  祐基は二人兄弟の兄だった。  三才年下の弟はイタリアに留学している。靴職人になりたいらしい。  祐基と兄弟とは思えない自由さを持つ彼には、結婚してから一度しか会っていない。  彼の自由さは祐基という兄がいるからこそなのではないかと思う。二人が幼い頃、やんちゃな弟を子供ながらに心配する優しいお兄ちゃんのビデオ映像を義母に見せてもらったことがある。  一羽、口に入れるたびに小さく謝りながら、シャリシャリと林檎を食べていく祐基に 「私は丸かじりをしたことがないわ。まあ、1個も食べられないしね。食べられて半分くらいかな」  自分もひとつ摘んで、祐基を真似て謝ってから口に入れた。 「そうなんだ」 と珍しそうに言った祐基の顔が、いたずらっ子のように微笑む。 「よし!やってみよう」  祐基はそう言ってキッチンから、まな板と包丁と、林檎をひとつ持ってくる。  リビングのテーブルの上に、パタンとまな板を置いて、 「由美さん、半分なら食べられるよね」  そう言って微笑みながら林檎を半分に切った。でもその切り方を私は見たことがなかった。  林檎や梨は芯の部分を上にして縦に包丁を入れて半分にする。私は子供の頃そう教わったし、テレビの料理番組でもドラマの中でも林檎を半分にするのはそんな方法だ。  祐基は芯が横になるように置いて、芯の方とお尻の方とに分けるように林檎を半分に切った。 「祐さん、変な切り方」  丸かじりをしてきた祐基は、一般的な林檎の切り方を知らないのかもしれない。そう思いながら言った私に、 「果物の糖分は下に貯まるんだ。だから林檎はお尻の方が甘いんだよ」  そう言いながら、リンゴの下半分を私に差し出した。 「由美さんは甘い方。ほらかじってごらん、これはこれでなんか元気がでるよ」  微笑みながら私を見つめる。  半分に切られたリンゴは、ところどころに蜜が見える。  手渡された芯のない方の半分を皮のままで齧った。固い皮の食感と共に、甘い蜜の味が口の中に広がる。  切って食べるときとは違う食感と、祐基の言う通りなのかいつもより甘く感じることが面白かった。そしてこうして食べにくいと思いながら齧る動作は、自分が強くなれたような気がして元気が出そうだ。       少しずつ、シャリっという音をたてて、自分が半分に切った林檎を齧る私を、祐基は幸せそうに見つめてくれる。 「美味しい?」 「うん、美味しいよ」  祐基は林檎を食べる私の頭を抱えるように抱くと、前を見たまま言った。 「ずっと美味しいとこを由美さんにあげる。由美さんが笑っていられるように、僕は頑張るから」  愛してもらっている。こんな些細なことでもそう感じることができた。  そして祐基に感謝をしていた。ありがとうという気持ちが溢れる。  でも、そこに愛してるという気持ちが含まれているのかというと、わからなかった。
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