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幸千代が僧になりたいと言い出したのは、館の奥、持仏堂を居所とする澄慧に憧れてのことであろうと思われる。幸千代は、学問が終わると持仏堂へ行き、澄慧から経の講義を受けていた。幼い幸千代に理解できているか否かはわからぬが、その熱心さには親ながら感心していた。
だが、夢で見たのとは異なり、幸千代の入山について澄慧は良い顔をしなかった。幼くして親兄弟との縁が切れることが不憫であること、僧の閉ざされた世界で生きることに幸千代が適しているかまだわからぬこと、等がその理由であった。
「澄慧としては、己が近くに居るので幸千代がさようなことを言い出したのではないかと、気に病んでおった。」
「まさか、また、採光寺に行かれるなどと仰せではありますまいな?」
常盤の方がぎょっとしたように言った。
「いや、それはない。だが、今教えている経が終わったら、講義はやめると言っておった。」
「お経をお教えくださるのは、ありがたいことですが・・・・」
常盤の方は頬に手を添えて言い淀んだ。母としては、子の出家については複雑な思いがあるのであろう。
「まだ甘えたがりの幸千代に、寺での暮らしは無理なのでは。・・・・なれど、出家の身とならば、戦で命を落とすのを懸念することはなくなります。母としては、子の安泰を願わずにおられませぬ。澄慧様のお母上が子の出家を願い、ご先代様もその遺志を尊重されたという心情も、わからぬではありませぬ。」
「そうよのう。」
是豪も同意した。
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