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澄慧の母・瑠璃の方は、もともと信心深い女人であったそうだが、己の子の出家を強く願ったという。その出生の事情もさりながら、医王院宗家の男子として、跡目争いに巻き込まれることを懸念したか、あるいは俗世とは隔絶された世界ででも命を全うできるようにと願ったのか。産褥で亡くなったという瑠璃の方の、子を守る母の心が出家を願わせたものと推測する。
(だが、寺から出して下問役として城に置いているのであるから、叔母上の願いとは異なる境遇にしてしまったものよ。)
是豪は心が痛んだ。しかし、領主としては、澄慧を手放すことはしばらくできそうにない。押込めにされた先代の子・是周に代わって己が宗家の家督を継いで初めて知ったことだが、この医王院家の領国統治にはだいぶ綻びが出てきていた。その立て直しと家中の融和のためにも、澄慧の力はまだまだ必要である。
「わたしには澄慧が合力してくれるが、源太郎(是顕)にも澄慧のような怜悧な下問役がおれば、領主としては心強いであろう。もしも幸千代が学問を修め、源太郎を輔けるのであらば、それも悪くないかとも思う。」
是豪の言葉に、常盤の方も頷いた。
「まことに。源太郎にも“澄慧様”がいてくれたらと思います。俗世で是顕の手足となる弟は減ってしまいますが。」
「そうだな。・・・・もっと子がいたらよいな。」
是豪はそう言って、常盤の方を床に横たえた。
「殿・・・・もう朝でございます。」
常盤の方は夫の腕を軽く叩いた。
「子作りも領国の大事だ。」
「・・・・そろそろ、側室をお持ちになられては、と言わねばなりませぬか?」
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