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「不作法でごめんなさいねぇ、なにぶん、高崎屋はアクツ堂のように閑古鳥が鳴いておりませんで、化粧をし直す暇もなくって」
店先から陳列棚をぐるーり、見回した女将は汗を拭うハンカチを口元にあて、小意地の悪い笑みを浮かべた
「ああ、そういうことでしたか。気付きませんで申し訳ない」
女将の小意地の悪い笑みなど無視。素知らぬ顔で佐野屋の旦那様のダンコンを戻し、僕は襟元をただす
「高崎屋の裏方として立ち回る人に、店先で客の相手をする僕の常識を押し付けるなど、してはいけないことでしたね」
能面のような顔になった女将と向かい合うように立つ。扇子を優美に動かし、涼しい店内の風を汗びっしょりの女将に送ってあげる僕って、何て優しいんだろう
「私には裏方の価値しかないと仰るおつもりか」
うわあ、こっわーい
黙り込んでいた女将の眼、僕が憎い。言ってる
でもね、忘れてない?
「人聞きの悪い仰りようですね。僕は裏方で身形を気にかけず店のために働く女将を褒め称えているのですよ」
先に喧嘩をふっかけてきたのは、アンタだってことをさ
手にしたハンカチをギリギリ、音を軋ませ綱引きしていた女将の唇がにーっと、横に広がる。なになに、何か楽しいことでも思いついたの?
「これでも私、三月末までお職として高崎屋を背負っておりましたの。一つ穴しかないアクツ堂さんでは稼げない額を一晩でね」
「へえ?」
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