藪からアクツ

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僕はシンプルなコンソメスープが好き シンプルといっても、コンソメの素で作ったスープではない。アクツ堂まで足を運び、スープを作ってくれた旦那様のシェフに目で謝意を伝え 形の良い手で銀のスプーンを持った。黄金色のスープをひらりと掬い、優美な仕草で官能的な唇へ運ぶ 「ちょっとした遊びのつもりでしたのよ。ご存知で御座いましょう? 私とアクツ堂の彼がじゃれ合う仲だということくらい」 「遊びで小松組に喧嘩を売られたと?」 「ですから、それを男か女か分からない遊び女が大袈裟に口にしただけ、大の男が目を血走らせて犯人捜しするようなことでは御座いませんわ」 乳白色の上品な絽の着物の下に襦袢も、肌着も身に付けず、胸元を灯に透かす女将も必死。旦那様、アクツ、高崎屋の主人を相手に切々と語る、僕の耳にしたことのない女将の甘えた声は店先のテーブルに座り、類い希な美貌で客を招き寄せる僕の耳に届いてきた ふふ、ふふふ いいねえ、両性具有に僕を落とせとふっかけておいて、臆面もなくしらを切り、その上悪びれない態度を崩さない女将を僕は、気に入っている 僕は取り出した扇子を右手で扇ぎ、風を送る。首筋にかかる僕の絹髪がふわふわ揺れ《色っぽい》誰からも称されるうなじを後ろの席にチラ見せ 「考えてみれば、こんな騒ぎに巻き込まれた私だって被害者ですわ。ねえ、あなた」 女将への返事は誰からもない
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