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第二話 朧月夜に似るものぞなき
右大臣の第六女かつ弘徽殿女御も妹。
この女性が東宮への入内が決まった暁には、
家族は勿論の事、近しいものは皆手放しで喜んでいた。
「将来約束されたようなものだ。清く正しく励みなさい」
周りの者は口々に彼女に告げる…。
彼女は一人、月を見上げた。今宵は下弦の月…。
「…女は皆『月』だと思うわ」
彼女はため息をつき、月に話しかける。
「男は『陽光』。女は男に照れされて輝くのよ」
彼女は自分に言い聞かせるように呟き続ける。
月明かりは、彼女の長く艶やかな髪を照らし、
その髪の様子はぬばたまの夜を思わせる。
雪のように白い肌はキメ細やかでしっとりとしており、
梅重ね色の小さな唇は濡れたように艶めかしい。
漆黒の涼し気な瞳は、濡れたような輝きを湛える。
淡紅色を主とした十二単は、
儚げでありながらも、
圧倒的な色香を放つ不可思議な美貌を引き立てている。
…私は、まるで『朧月夜』のようだわ。
全てにおいて中途半端。宮仕えの覚悟もなければ、
浮名を流して奔放に生きる決意もない…
その言葉は敢えて胸の中で呟いた。
本人が自己申告した通り、
今後は彼女の通り名を『朧月夜』と呼ぶ事にしよう。
朧月夜は、憂いを秘めた眼差しで月を見つめ続ける。
何故に悩まし気なのか?
将来が約束されたも同然の道が用意されているのに…?
朧月夜には、秘かに胸に秘めた想いがあった。
入内。近しい者は皆手放しで喜んでくれる。
親しくない者は羨望の眼差しで自分を見る。
…きっと、有り難い事であり、喜ばしい事なのだろう。
自分でもそうだ、と思う。
いや、正確にはそう言い聞かせてきた。
されど本当は…
せっかく美しい容姿、類稀なる知性を持って生まれたのだ。
この身を支げるなら、身も心も燃えるような恋に投じたい、と。
このような事、口が裂けても言えない。
しかし彼女は、秘かに憧れている殿方がいた…。
その男(ヒト)の名は、『光源氏』…。
まだ噂にしか聞いていないが、
容姿端麗・眉目秀麗・頭脳明晰・歌も躍りも極上。
そして床上手…女は皆、彼に夢中になってしまうという噂だ。
最初はさほどではなくても、
一度肌を重ねると虜になってしまうらしいのだ。
『光源氏』…彼にこの身を捧げたい。
そして身も心も焦がれるような情熱に身を任せたい。
そんな願望を秘めていたのだ。
チャンスはもうすぐやって来る。
それは、帝が催す「花宴」の時…。
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