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「なんでバイトの子、休むかなあ」
私はむかつきながら、カフェのテラス席の後片付けを急いだ。
自宅に近いこのカフェで仕事を始めたのは、なるべく早く帰宅し、朔に食事を作りたいからだったのに、今日も定時には上がれそうに無い。
けれど悪い事は重なる。
飲み残したっぷりのコーヒーや積み重ねた皿を抱え、日の暮れていく空を仰ぎ見た刹那。イスの脚に躓き、座っていた黒づくめのスーツの男に、見事にコーヒーをぶちまけてしまった。
ああ、終わった。テーブルの上の書類までぐっしょりだ。
店中のダスターとタオルをかき集めて拭き、思いつく限りの謝罪の言葉を並べてふっとその男の顔を見ると、驚いたことに微笑んでいる。
精悍な浅黒い顔にあご髭。どこか堅気でない雰囲気の男の意味不明の笑みに、体が粟立った。
「君、日向さんって言うんだね。下の名前は?」
私の名札を見つめ、男は更に微笑む。私は嫌な汗が止まらない。
「葉月です。すみませんでした、あの、お洋服はクリーニングさせていただ……」
「その必要はない」
「え?」
「君、どうやら弟がいるみたいだね。高校生?」
いったい何。なぜ弟の存在と歳を? 不気味過ぎて返事もできず引きつる私に、その男は更にあり得ないことを言って来た。
「3日だけでいい。君の弟の体を半分僕に貸してくれないか? 日が昇ってる間だけ僕が体を支配する。夜はちゃんと返すから。いいだろ?」
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