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「お疲れ様。今日は少し遅いね」
帰宅すると朔が穏やかな笑顔を向けてくれた。それだけで一気に疲れが吹き飛ぶ。
「うん、ちょっといろいろあって……。あ、それよりすぐご飯作るから!」
けれど朔は相変わらずの遠慮がちな笑みを浮かべ、「適当に済ませたから平気。俺の事、あまり気にしないで」と、部屋へ引っ込もうとした。手には大判の冊子のようなものを丸めて持っている。
「大学の入試案内?」
「え……違う」
「ちゃんと入試受けてね。朔を大学に行かせるくらい、何とかなるから」
「言ったろ。高校を出たら働く。葉月の金は葉月が使ったらいい」
「もったいないよ、朔は頭いいのに。高卒じゃあろくな就職口は……」
けれどこの話は打ち切りとばかりに朔は視線を逸らし、自室に引き上げて行った。
堂々巡りだった。朔をちゃんと一人前の大人にしたいのが私の願いなのに、どこか朔は遠慮し、何かを諦めているように見える。
その夜もそれっきり朔は姿を見せず、私は悶々と家事を片付けた。
――けれど次の朝。
リビングに居た制服姿の青年は、朔であって、朔ではなかった。
「葉月ちゃん、昨日は契約ありがとう~。いいねえ高校生の体。制服っていっぺん着てみたかったんだ。どう?」
「どう……って。なに」
認めたくなかった。けれど到底ありえない出来事が起きてしまったのだ。
朔の口から出て来た言葉はまるっきり昨日の男の口調だ。でもまさか。そんなバカな。
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