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「久しぶりね。こうして、夜に忍ばれること」
厳しい寮母の隙を見て、逢瀬を過ごす。その緊張感が心地よい時も確かにあったと、小夜子は覚えている。
「……突然、失礼します」
けれど最近、あの方――美智子は、そうした行為に複雑な顔を浮かべるようになった。
その理由を、噂で知り、耐えていたけれど。
「嘘ですよね、美智子様」
今日は、もう、耐えられなかった。
だから、今、ここにいる。
「ご結婚、なさること」
「――小夜子さんは、やはり、まっすぐね。そう聞かれると、答えに困ってしまうわ」
いつも、穏やかな笑みを浮かべていた美智子。今は硬い表情で、小夜子をじっと見つめている。
「困るなら、お答えなさらず、否定なさってください」
そうできないということは、つまり、噂が真実だと言うことに他ならない。
無言を貫く美智子の様子に、小夜子は食い下がる。
――小夜子も、わかってはいる。見初められ、それが家のためであれば、女の身では断れないということも。
(でも美智子様は、そうした方ではないと、想っていたのに)
「本当に、納得されていることなのですか」
「その問いかけは、辛いものね」
「でしたら、美智子様」
つなぐ手を強くし、小夜子は消え入りそうな声を届ける。
「このまま、寮をでましょう。……私と、一緒に」
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