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「あら、先客かしら」
声が聞こえた方へ面を上げ、小夜子が見たもの。
「それとも、招かれたのかしらね?」
――先ほどまで見ていた、水面に映える月光。
それと同じ瞳を持った、金の髪を揺らす、異国の少女。
「こんな夜更けに散歩だなんて、どんな闇に喰われても知らないわよ」
流麗な日本語は、聞き間違いではない。
物珍しい外見と、親しんだ母国の音は、奇妙な心地を小夜子に感じさせる。
「……ご心配なく。護身術の手ほどきは受けております」
「そう」
少女は興味がなさそうに答え、欄干へ近づく。
見事な意匠が彫られた橋の縁は、夜の闇に呼応し、冷たく硬い。
「……何か、ご用でしょうか」
横に近づかれ、警戒心からそう問いかける小夜子。
「何をしてるのかな、って」
「お答えする義務はありません」
交わした小さい言葉は、そこで途切れる。
夜の風は冷たい。まだ冬物の着物なので辛くはないが、むき出しの指先には抓(つね)られるような感触がある。
「夜鷹になりに来たのか、それとも身を投げたい女学生なのか」
「私は、そのどちらでもありません」
「まぁ、どうでもいいけれどね。こんな夜更けにさまよう女学生、まともだとは思えないもの」
「あなた様も、それは同じでしょう」
「互いに、夜の闇にいるには、官憲の眼につくものね」
おかしそうに笑いながら、少女は言う。
質の良い女袴を着こなした小夜子も、豪奢な黒いドレスを着た少女も、身なりが尋常でないことがわかる。
ゆえに、まともではない。
道に並ぶアーク電灯が普及し、都心の全域を覆った時代。だがそれでも、一歩道を外せば、夜の闇に潜む恐怖は無限にあった。
まるで、他の世界から断絶してしまったかのような場所で、二人は言葉を交わす。
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