夏目漱石 「こゝろ」

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「〝「K」は襖を閉めなかった〟…」  ふみは取り憑かれたようにはっきりとした原稿用紙の文字を読み上げた。  想い人と結婚する親友は、白い顔を晒して眠っている。男は黙ってそれを見つめている。 「〝静かに自分に刃を向ける。そうして、死んだ〟」  生命活動が停止する激痛。だが、ふみの想像する「K」は、うっすらと笑っている。今まで、そんな情景を考えたことは一度もなかった。 「〝襖を染め上げるほどの血しぶきが経つ〟」  登の結論に鳥肌が立つ。 「〝きっと見届けたのだろう。「先生」の顔に、文字のない遺言が届いたことを〟…。…」  怖がり屋な家庭科教師は、無言で立ち上がる。 「おばけなんてなーいさ!おばけなんてうーそさ!」  人気のなくなった廊下の電気という電気をつけにかかった。
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