夏目漱石 「こゝろ」

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夏目漱石 「こゝろ」

 都立鶴羽高校の教師、森山ふみは困った顔で沈黙を保っていた。 「森山先生、聞いてますか?」 「ええ…まあ」  歯切れの悪い返事を繰り返す。  ふみの前で仁王立ちしているのは教頭の野間垣だ。鼻の穴が目立つ嫌味ったらしい顔をしている。教頭と言う職位に上がると自然とそういうビジュアルになるのだろうか。 「あなたはうちの最年少教員なんですから。積極的に部活動に参加してください!」  ふみはしどろもどろに「あの、なので、」と言葉を繋ぐ。男性としては小柄なはずの野間垣に萎縮していた。  それもそのはず。家庭科の森山ふみ先生といえば、男子生徒の班に近寄ると姿が完全に見えなくなると折り紙付きのおチビさんだった。 「…なので?」 「その、手芸部の顧問を…」  若手教師の自信なさげな返事に、野間垣はにっこりと目尻を下げる。 「今日のお洋服も全部ご自身で?」  得意分野の話題を振られ、ふみは「はい。一応…」と照れた。化粧っ気のない顔は、「高校生です」と言い張っても通用しそうだ。  顔だけならば、の話であるが。  レース襟のシャツに、卵色のカーディガン。それから膝にかかるほどの厚手のスカート。婆臭いの一言に尽きるデザインは、どれもふみのお手製である。  特にカーディガンは力作だ。胸のラインにぽんぽん飾りを施して、袖は淡い白色の毛糸に切り替えて編んだ。今年卒業した手芸部員たちと、わいわいお茶をしながら作ったものだった。  そんな楽しかった思い出も、今は昔である。
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