夏目漱石 「こゝろ」

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 二年二組出席番号四十番。結城登は一度も話したことのない一年生にも「スガリ先輩」と呼ばれている。  それほどにインパクトのある事件を、転校早々起こしたからだった。 『結城くぅん』  大人しそうな顔と長い手足を持て余しているように見える登は、クラスの女子にちょっと人気が出た。「転校生と恋」というベタなシチュエーションに夢見た者が多かったのも一因だろう。  その日は月曜日。登は学食パンではなく、お弁当を持参していた。 『え、自分でお昼ごはん作ってるの?』 『すごーい!』  女子たちがわらわらと寄ってくる。登は集団行動を絶対に崩さないクラスメイトたちを不思議そうな顔で見つめたが、無碍にはせず、ちゃんと返事をする。 『作ったというか、採ってきたかな?週末実家帰った時に』 『ね、中身見せて?』  これが悲劇の素だった。 『?…はい』  生粋の長野県人、それも伊那の山奥で育った少年は、何も考えずに弁当箱の蓋を開けて中の〝ご馳走〟を見せたのだ。  絹を裂くような悲鳴の三重奏が教室にこだました。 『いやああああああ!!』 『虫いいいいいい!!!』 『何これ!?何これ!!』  なぜここまで嫌がられるのかわかっていない。登は首をかしげながら答えた。 『何って…スガリ(※地蜂の幼虫)?』  長野県は四方を山に囲われた土地柄、ありとあらゆるものからたんぱく質を確保する歴史があった。特に昆虫食のレパートリーは全国でも群を抜いている。  長野県人の名誉のために補足すると、物流の発達した現代において虫は山暮らしの人々の日常食ではない。珍味としてお土産屋さんに佃煮が置いてある程度だ。  無論、弁当には誰も持ってこない。生食は自己責任である。
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