第一話 ホットドッグとペ●シコーラ

2/11
前へ
/83ページ
次へ
 扉をくぐり抜けると、そこはどこかの部屋の中だった。漂ってくる良い香りに引き寄せられるかのように視線を動かすと、今まさにヴァルマフンドにかぶりつこうとしている男と目があった。男は手にしていたヴァルマフンドをゆっくりと机の上に置くと、勢い良く立ち上がった。 「動かないで!」  ナターシャは咄嗟に銃を抜き、男に向けて構えた。両手を上げながら「私はイングリッシュが話せません」とたどたどしく言う男のその言葉に、ナターシャは若干の戸惑いを覚えた。――イングリッシュ? 何だろう、それは。言葉は通じるようだが、もしや一部の単語は共通しないのだろうか。  それにしても、実にいい香りだ。あのような芳しい香りはいつ振りだろうか。――不覚にも、ナターシャはこの緊急事態の最中(さなか)に訪れた天国に一瞬気を取られた。そして、腹の虫が鳴いた。  それを聞いた男は笑いながら何やら言い、こちらへと一歩踏み出した。ナターシャは問答無用で引き金を引いたが、薬莢が虚しく落下するだけで何も起こりはしなかった。二度三度引き金を引くも状況は変わらない。パニックを起こしたナターシャは勢い良く後ろを振り返ったが、すでに〈扉〉は消え失せていた。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加