インソムニア

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 つい最近まで、業務をこなすことばかりに必死で、胸がときめくなんて皆無だった。なんかこういう、当たり前の幸せっていうか、人間的な営みを忘れていた気がする。思い出させてくれた彼女に感謝。  明日に標準を合わせた俺は、ずっと貯めていた食器を片し、ペットボトルをゴミ袋に納めた後で熱いシャワーを浴びた。むだな体毛をT字カミソリでこそぎ落とし、いつもより多めのボディーソープで細胞表面を磨きあげる。そして風呂上がりには仕上げのクリームまで塗った。ドライヤーで髪をふんわり乾かし、ふやけた皮膚のまま手足の長かった爪も処理した。それから紙袋を開いて服をハンガーに通し、カーテンレールに引っ掛けていく。靴には紐を通し、玄関の真ん中に陣取らせた。  彼女に会う。  たったそれだけのことで、すっかり干涸びてしまったはずの心が潤い、明日がこんなにも待ちきれない。そりゃあ、恋愛の漫画やドラマが無くならないはずだよな。  この世界の、人生の主人公は俺自身だった。  俺と彼女の明日のデートにキャッチコピーを付けて楽しんだ後、俺はついに部屋の電気を消した。携帯のアラームは余裕をもって八時にセットし、ベッドの目覚まし時計にも同じ時間に針を回して設定する。  万事は整った。あとは明日の朝もシャワーを浴び、しっかり髪をセットして新品の洋服に袖を通し、颯爽と彼女をさらうだけだ。     
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