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「舞葉ね、来年、小学校に行くの」
「うん」
夜空は相づちを打ちながら羽を動かした。
「それでね」
そう言って近くにいる母親に聞こえないように声を潜めた。
「ママをビックリさせようと漢字の練習をしているの。夜空は秘密、ある?」
夜空は羽ばたいた。
「あるわよ。私の秘密、知りたい?」
けれど、その呟きが舞葉に聞こえるはずはなかったし、夜空も、舞葉もそれは承知だった。
「夜空はいいなぁ。行きたい所に行けて」
「夜になったら会いに行くわ。私の秘密はその時のお楽しみね」
そう言って夜空は舞葉の頭に止まった。
それからの舞葉と夜空の会話は、舞葉が入院して一番長い会話となった。けれど夕暮れが近づき、母親は病室に戻るようにと舞葉に促した。舞葉は立ち上がった。
「夜空。また明日、遊びに来るからね」
「ええ。また明日ね。舞葉ちゃん」
そうして舞葉は母親と共に病室へと戻っていった。
それからしばらくして、夜空はこの町で一番高い木の頂上へと飛んだ。
太陽が水平線上へ沈んだ瞬間、蝶々の姿だった夜空の体はコウモリへと変化した。
自分が他の蝶々と違うと知ったのはいつの頃だったか。夜空はそう考えた。
昼は蝶々として。夜はコウモリになり夜空を飛び回った。
蝶々からは気味悪がれ、コウモリからはいじめられた。夜空に友達なんていなかった。舞葉が夜空にとっての初めての友達だった。
コウモリになった夜空は病院へ戻ると、舞葉を探した。ようやく見つけた5階の部屋の窓側のベッドに舞葉はいた。
「ねえ、ママ。いつになったら舞葉は退院できるの?」
「もう少し待ってね」
「いつもそればっかり。パパだって見つからないし」
「舞葉」
「窓から見える一番綺麗な星がパパなんでしょ? 窓から星なんて見えないよ」
そう言って舞葉はむくれ、ベッドから降りた。
「舞葉、おトイレ」
「ママもついて行こうか?」
「舞葉、赤ちゃんじゃないもん」
まだむくれながら1人、廊下へ出て行ってしまった。
母親独りきりになった病室。
母親は窓へ近づいた。
その顔は舞葉といる時とは違い、こわばり、唇は震えていた。そしてかすれた小さな声で呟いた。
「良彦さん。せめて舞葉がランドセルを背負えるように見守っていてね」
それを聞いていた夜空の目の前は真っ白になった。
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