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 曇り空。雨じゃないだけ上出来かもしれない。  それでも今は、真っ白な穴の様な満月が見たかった。  漏れ出る息が凍る。これだけ寒いのなら、いっそのこと、雪でも降ってくれればいい。視界の半分を白く染めてくれたなら。  目の前の景色を、埋めてくれたなら。  どうしてこうなったか。何人が理解して、何人が理解を放棄している。俺は、理解していると言えるのか。少なくとも、自分の体の異常には、思わず笑ってしまうほどには、実感を持てていない。  右腕に、細長い鉄の棒。  目を覚ますと刺さっていた。他に目に見えて異常な部分はないが、おそらく他も異常個所はある。そのはずだ。なのに、まるで夢の出来事みたいに意識がぼんやりとしていて、痛みを感じない。防衛機能の働きで、痛覚が遮断されているのかもしれない。  目の前に広がっている惨状も、現実感がない。一枚の絵画だと言われた方が頷ける。  瓦礫と化した建物のなれの果て、まっすぐには歩けそうにない砕けた石畳、ちらほらと見える黄色がかった赤は炎で、そこから上がる重たい煙。  どれも幻の様な中で、あちこちに転がり、引っ掛かっている死体が、一番遠く感じる。  この絶望的な絵画を、俺はいったいどれくらいここで見ているのだろう。自分の感覚ではもうわからない。一時間か、一分か。そもそもどうして気を失ったのか。わからないことだらけだ。  ただ、さっきから左手が何かを探している。何かを掴もうとしている。  何をしたいのだろうか。  こうなる前、何をしていただろうか。  ゆっくりと、目を閉じて、息を吐く。 「ああ、そうだ」  俺は、大事なものを、掴んでいたんだ。
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