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 「あーーーーー。なに? 何を求められてんの? 残念ながらここには魚はないよ?」  脱力してしゃがみこみながら、助手は虚しげに言う。  猫にこんなことを説明して何になるというのか。  黒猫はそんな助手の心境など知ったことではないというように、ぷいと、顔を背けた。  そのままてちてちと、扉の脇にあるコートハンガーに近寄っていく。  ふと、そこで助手は気づいた。  (こいつ野良なら、ノミダニの駆除は?)  そんなことを遅まきながら気づいた彼は、黒猫に目を向ける。  黒猫はコートハンガーに近づくと、かかっているコートを手で引っ掻いた。  あれは、探偵娘が好んで着ているものだ。  「わ、わーーー。ネコちゃん、だめだよーーー。それ、わたしの大切なんだからーー」  探偵娘が慌てたように、コートを黒猫の手から取り上げる。  そして。  「寒かったの?」  そう言って、コートを黒猫に被せた。  (あーーーー、ノミが………、ダニがぁ)  探偵娘の暴挙に助手が震える。  そんな時。  「寒くはないぞ」  そんな声がどこからかした。  助手はあたりを見渡す。しかし、探偵娘以外に人影はない。  「しかし、礼を言うぞ」  もごもごと、聞き取りにくい声がする。  助手はもう一度あたりを見渡した。やはり誰もいない。  探偵娘がいるだけだ。  探偵娘が目を真ん丸にして、足元を見ているだけだ。  (―――、人影。人影は。声の出どころは)  いやいやそんなまさか。  そんなことありえないって。  そうやって必死に否定するのも束の間。  コートが『むくりと起き上がる』。  「おかげで喋れるようになった。大事なコート。爪を立てて悪かったな」  そう言いながら、探偵娘と瓜二つの姿をした少女が、全裸コートというマニアックな姿で立ち上がった。
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