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「オレオレ詐欺対策なんだって。母さんが『合言葉を決めとくと良いらしい』って言って」
「ああ。そうなのか」
話に妻が出てきたことに、男は少し驚いた。
しかし、すぐに疑問に思い息子に問う。
「何の用だ?」
「何の、って?」
「どうして電話をかけてきたのか、と聞いたんだ」
息子は、年に数回しか電話をかけてこない。
ましてや、まだ朝の早い時間。
だから何か理由があるのだと、彼は思った。
しかしその問いに、息子は困ったような声で言った。
「いや……何となく。電話をかけてみようかな、っていう気になって」
彼は目を瞬かせる。
「……なんだ、そりゃ」
と言って笑った。
その時、彼は確かに見た。
――遺影の妻が、ウィンクしているのを。
彼は驚き、目を見開く。
そう言えば以前『外国人俳優がしたウィンクが素敵で、私もしてみたい』などと言っていたが――。
「……ははっ」
「どうしたの、父さん?」
突然笑う父に息子は訊ねた。
「……いや、なんでもない」
そう言って、まだ笑いの続く口を押さえた。
――ウィンクをわしに見せて、意味があるのか?
いや、違うな。『私こんなことも出来るんですよ』っていうアピールなんだろう?
まったく。死んでも騒がしいな、お前は。
電話を切ると、腹の虫が鳴った。
――そう言えば、朝飯がまだだった。
彼は台所へ向かう。
朝日が窓から差し込み、周りの家々も騒がしくなり始めた。
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