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 涙は後から後から溢れ出し、足元の固い草の上へと落ちていく。草は萎れ、枯れ草と変わりないような色をしていたが、それでもこの国で焼かれずに残っている植物というのは珍しかった。  しかし今の少女にはそんなことを目に入れる余裕などなかった。涙も絶叫も堪(こら)えながらここまで休みなく走ってきて、ようやく自分以外の人影からも煤を巻き上げる炎からも離れて現実を反芻できるだけの静かな場所へと辿り着くと、それまで硬く閉ざしていた心の隙間が緩み、たった今自分の身に起こったことが濁流のように押し寄せて彼女の心を揺さぶった。  バチバチと夜空を焼く真っ赤な炎を瞳に映し、いっそ自分も死んでしまいたい、と少女は唇を噛んで嗚咽したが、それでは両親が何の為に命を落としたのか分からなくなってしまう。少女に生きてほしい、生き延びて、一面の花畑が広がるような、それとも小鳥の囀るような、あるいは何もないけれどただただ静かな、平和な場所で幸せになってほしい。--そう願ったからこそ、彼女の両親は命を賭して娘を逃したのだ。  父と母の最後の表情を思い出す度、滴が草を叩く。逃げろ、生きろと叫んでいた二人が最後に微笑んだのは、自分の幸福を願ったからに他ならない。そんなこと、痛いほど分かっていた。  それでも、と少女は俯いたままで泣き続ける。一人ぼっちで、これからどうすれば良いと言うのだろう。  その時ふいにがさ、と乾いた草を踏む足音が聞こえて、少女は勢いよく振り返った。 「誰?!」 「ああ、驚かせてしまってすまない。僕は怪しい者じゃないんだ。……ほら」  警戒する少女へ、青年は慌てて腕章を見せた。確かにこの国の騎士団に所属していることを表す徽章が付いている。鎧もろくに揃わない中での急拵えの戦装束も、彼がこの国の為に戦っている人間であることを表していた。 「つい先刻、敵軍は退却していった。君も帰った方が良い」 「……」  涙は一瞬で引っ込んでいた。顔を逸らし、幾分乱暴に顔を擦った後無言のまま足元を見つめ続ける少女に青年は屈み込んで目線を合わせようとする。 「どうしたの?」 「……」 「……君、顔が汚れてしまってる。ちょっと待ってて」  言うが早いか青年は駆け出して行ったかと思うと、すぐに戻ってきた。手にはたぷたぷと揺れる皮袋がある。 「水汲んできたから、顔洗いなよ」
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