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  傾けられた皮袋から流れ出す透き通った水は、この焼かれ乾ききった場所では酷く魅惑的で、少女は思わず手を差し出していた。ぱしゃ、と頬を、額を、鼻を、目元を清浄な水が洗い清めていく。水がなくなると、青年は清潔な布切れを渡してくれた。 「ごめん、こんなのしかないけど……汚れてはいないから」  大人しく受け取り、そっと顔を押さえ、しばらくの間少女はそのままでいた。水はとても気持ちよく、洗いざらしのこの布も今だけは彼女を陰惨な世界から覆い隠してくれた。だからこそこのままずっと、何も見ずに綺麗な世界へ閉じこもっていたかったが、そんなものはまやかしに過ぎないのだということは今夜の出来事だけで十二分に思い知らされていた。  そっと布を下ろし、青年を見遣ると、彼も少女のことをじっと見つめていた。  泣き止んで、涙や煤で汚れた顔を洗った今、少女にも青年のことをまじまじと観察する余裕ができていた。  何だか不思議な雰囲気の青年だった。剣を振るい、敵軍を討ち倒す騎士であるはずなのに--それは徽章と腰に下げた剣とが証明している--そのことを全く感じさせないような柔和な顔つきと優しさ。髪も瞳も夜闇に透ける不思議な薄青をしていて、少女の黄金とは対照的だった。  ああ、誰かと二人きりになって初めて気付いたことだったが、もう一人で泣くのには疲れてしまっていた。どれだけ涙を流しても、哀しみは一緒に流れ出していくどころかどんどん膨らんでいくばかりなのだ。乾いていく心の中で悲哀と絶望ばかりが固く凝(こご)ってしまって、心がひび割れていくことを止められなかった。  だが、この青年は水を与えてくれた。この乾いた心を、彼なら潤してくれるかもしれない。気が付くと少女は草の上に腰を下ろし、青年に向かってぽつぽつと言葉少なに語り始めていた。言葉はやがて奔流となり、止められなかった。--父のこと、母のこと、自分にとってどういう両親だったのか、小さい頃の思い出、今日、今日二人が殺されたこと、自分は両親の命と引き換えに逃げ延びたこと。  青年はただただ黙って少女の話に耳を傾け、顔をぎゅっと顰めて何かを飲み込むような仕草をするのを見届けると静かに口を開いた。
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