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彼女をアパートに送り届けると、彼女は男友達に送って貰ったかのように振る舞った。つまり、車を降りると「おやすみなさい」と言い、そのまま背中を向けたのだ。
私は運転席から降りると、助手席に回り、彼女の背後に立つ。
これは駆け引きだ。彼女は私が引き留めようとしている事に気付いている。だから歩くスピードを緩め、私を待っているのだ。その背中を、私の腕で柔らかく包む。これで私の負けが決まった。人生という、長く大きな道程に、勝敗というものがあるとするのならだが。
その私の腕に、彼女の手が置かれた。そして私を振り替えると言った。
「またね」
と。
私と彼女の人生は、これからも交わる事があるだろう。しかし、それが同じ道程を進む事はないのだ。それを、彼女の物言わぬ瞳から悟った。
私達は、互いが互いの半身である事に、気付いている。他人をこれ程迄に理解する事は、他の人間には無理だろう。それでも彼女は、私との離別を望んでいる。
私は彼女の瞳を探った。そして漸く理解する。私達は二人で、完全な存在になれるだろう事。そして私達二人の求めるものが全く違う事を。
私が静だとすると、彼女は動だ。彼女の瞳の端々に、揺らめく炎が見える。
私は、彼女の柔らかな唇に自分の唇を触れさせると、彼女に言った。
「じゃあ、また」
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