デッサン

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私はじっと待っていた。この仕事には根気がかなり必要になる。その事は今までの経験から、十分過ぎる程に分かっていた。だから待つ事は全く苦では無かった。それよりも、失敗した時の苦痛の方が大きい。それ程に、私のこの仕事は重要なのだ。 腕時計に視線を落とす。外にはもう闇が訪れ、この辺りを歩く人の姿はない。一度、酒でも入っているだろう、浮浪者のような姿の男が、もつれる足をもて余しながら近付いてきたが、私の車にちらりと濁った目を向けただけで通り過ぎていった。中にいる私には、気付いてもいないだろう。 もう少しだ。後少しで、彼女のヒールの音が聞こえる筈だ。私は耳を澄ます。 すると、私の想像していた通りのヒールの音が、微かに響いているのが聞こえた。その音は規則的ではあるが、やや急ぎ足でこちらに近付いてきている。 彼女を見付けたのは、本当に偶然だった。幸運が私に味方してくれたのだろう。カフェで珈琲を飲みながら、私の仕事に必要な、新しい作品の構想を練っていた時だ。ふと、ガラスの向こうに視線を向けた時、美しい姿勢で歩く彼女が視界に入ってきたのだ。 彼女を見た瞬間、私の作品は決まった。勿論、彼女がいなければ、その作品は完成しない。それからだ。私は入念に準備を始めた。彼女の仕事、時間は、どの経路を通って帰るのか。目立たないよう、不審に思われないよう、時間をかけて調べた。 都合の良い事に、彼女は看護師だった。交代勤務で、勤務時間は毎日違うが、当然帰宅が深夜になる事がある。やはり幸運が味方しているのだ。しかも帰りは近道である、この人目に付かない通りを使う事も分かった。これを天命と言わず、何と言うのだろう。
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