デッサン

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ヒールの音が近付いている。そろそろ角を曲がる頃だ。私は車から降りると、ボンネットを開けた。それだけで、車が故障して立ち往生していると思ってしまうのだから、先入観というのは面白い。 通りにヒールの音が響き、彼女が角を曲がったのが分かった。それまで同じテンポで響いていた音の規則性が崩れたからだ。一瞬、躊躇したかのように音が止まり、それからゆっくりと近付いてくる。車に気付き、様子を窺っているのだろう。私はボンネットの陰から顔を覗かせると、助かったというような表情で、彼女に声を掛けた。 「すみません。見ての通り、車が故障しちゃって……。こんな時に限って、電話を持って出てきてないんです」 そこで言葉を切り、車の前から移動して彼女の数歩前に立つ。彼女に私の姿を認識して貰う為だ。思った通り彼女の瞳に、私をどう判断しようかという迷いが見て取れた。その視線が私の顔に向けられ、それから下がる。人は得てして、視覚による情報から、他人を判断しようとする。 私は自分の容貌が、他人を不快にさせない事を知っている。整ってはいるが、人目を引く程ではない。しかし、少し下がった目尻と眉が、人懐っこさを感じさせるらしい。そこに困ったような笑みを浮かべれば、警戒よりも同情に値すると、殆んどの人間が感じてくれる。 服装にも気を付けている。少しラフな格好でも、身体に合ったカジュアルで清潔なものなら、友人宅から帰るところだとでも、他人は勝手に想像してくれるのだ。 彼女も同じだった。まだ警戒の色が瞳に残るものの、身体の力が抜けたのが分かった。 「電話をお借り出来ませんか? 家族に迎えを頼みたいんです」 声音も柔らかく、どこまでも無害だという演出をする。彼女は「それくらいなら」と、バッグから携帯を取り出そうとした。
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