デッサン

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私は倉庫の壁側に置いてある簡易ベッドに、彼女を横たわらせた。その下と周囲には、ビニールが張ってある。ベッドの四隅の足にはロープが結び付けてあり、それぞれの端がベッド上に伸びている。そこで結束バンドを切ると、そのロープの端に、彼女の四肢を固定した。長さを、四肢が完全に伸びた状態に調節する。しかし、身体は固定しない。その方が仕事がやり易いし、何より身体に傷でも付けば、それは失敗に他ならないからだ。 私は一度、彼女から離れると、服を着替えた。細いが、引き締まった身体。そこに、ジーンズとTシャツを纏う。 どの仕事でもそうだが、それに相応しい格好というものがある。これから行う仕事では、多少の汚れを覚悟しなければならない。だから着替えた。その上からレインコートを羽織る。それから、この時の為に先に創り上げていたものに、視線を向けた。完璧だ。私の手で創り上げられた、大きく美しい翼。それに触れていると、 「あなたの……」 彼女の微かな声が聞こえた。 私は驚いた。まだ暫くは、声も出せない筈だからだ。振り返ると、彼女の視線が真っ直ぐ私を捉えている。 「あなたの、作品に、わたしは……」 彼女は、その震える唇から、どうにか声を絞り出す。 「わたしの身体は……相応しく、ないわ」 私は感動を覚えた。彼女の精神力と、何よりも私の仕事を、彼女が理解しているかも知れないという事に。 「どういう事かな?」 そう問いながら、彼女に近付く。真っ直ぐ私を見据える瞳に、迷いや不安の色は無い。そこにあるのは、落ち着きと覚悟だ。これは称賛に値する。それと同時に、再びある感情が内側から沸き上がってきた。私の仕事を、そして作品を理解しようとしない世間への怒りだ。
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