デッサン

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「放火、だったわ。ある晩、突然。炎が家を覆ったの。ただ、それだけ」 そこで言葉を切ると、ゆっくりと口角を上げた。美しい。彼女のその表情を見て、私は純粋にそう感じた。 「助かったのは、わたしだけ。たまたまトイレに起きて……」 炎は舐めるように壁を這い上がり、屋根を包み、全てを燃やした。家を、家財を。そして彼女の両親を。 そこまで聞き、私は思い出した。十数年前に起きた火事を。その火事では、母親は睡眠薬を常用しており、炎に包まれた時も目を覚まさなかっただろう事。そして父親の遺体は、何故か子供部屋で発見された事。近くに酒瓶が転がり、遺体からはかなりの量のアルコールが検出され、父親は泥酔状態だったのが分かっている。その時たまたま、私はこの街の近くに住んでおり、その火事を知った。 「それで…………どう感じた?」 私は立ち上がり、少し考えるような素振りを見せた後、そう尋ねた。彼女は、私の動きに合わせるように、顔を上げている。だいぶ痺れが抜けてきたようだ。 私の質問を聞いた彼女は、その顔に今度こそ完璧な笑顔を浮かべた。それで悟った。彼女はその存在自体が、既に完成された作品なのだ。私が手を入れる必要の無い程の。彼女はその笑顔のまま答えた。 「何も」
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