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「そんなことない。それは俺がただ臆病なだけだから」
人に嫌われたくない。一人になりたくない。
そんな感情が今の俺を形作っているに過ぎない。
他人に向ける優しさなんて、初めから持ち合わせていない。
「そんなのはどうだっていいじゃない。他人から見てそう映るんだから。そしてそれが評価されるってことは、紛れもなくあんたのいいところなのよ。あの子はちゃんとあんたのことを見てくれるよ」
「それはお前も一緒だろ」
俺はとことんダメな奴だ。ここまで彼女に言わせて、それでも答えを決められずにいる。
痺れを切らしたのか、彼女が急に声を上げる。
「あーもうめんどくさいわね。だったら、あたしから言ってあげる。よく聞きなさい」
彼女が俺の前に立って、俺の目を見て、こう言う。
「あたしはもう十分幸せになったから、あたしにあんたは必要ないわ。どこへでも他の女のとこに行っちゃいなさい」
放たれたセリフには似つかわしくない、とても優しい表情をしていた。
「なんだよそれ」
俺も自然に笑顔がこぼれる。
「ひっでぇな。こんなフラれ方あるのかよ」
「いつまでもうじうじしてるあんたにはこのくらいがちょうどいいんじゃない?」
「あーはいはい、そうですね。とても心に響きました」
「うんうん、よろしい」
ふざけながら、冗談ぽく笑う。
「で、どう? まだなんかある?」
「いいや。ありがとう。おかげさまで前が見れそうだよ」
「そう、よかった」
「あのさ、一つ聞いていいか?」
まだ引っかかるものをとるために、俺は彼女に問いかける。
「なに?」
「お前は俺といて、幸せだったか?」
それは何度も彼女の口から答えを聞いている質問。
だけど、ちゃんともう一度聞いておきたかった。
悔いは残したくない。
彼女は清々しい笑顔を向けて答える。
「うん。――すごく幸せだった」
彼女の表情にはなんの迷いも後悔もない。
とてもいい笑顔をしていた。
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