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せっかく彼女に後押しまでしてもらったんだ。バシッと決めないとな。
「うん。がんばれ。行ってらっしゃい」
彼女が優しい笑みで見送る。それ以上は何も言わず、ただひたすらに笑顔を向ける。
もちろん、俺はその笑顔に隠れた表情に気づいていた。だが彼女は何も言わずに見送ってくれている。俺も何も言わずに前に進んでいこう。
きっと彼女もそう望んでくれている。
彼女に背を向けて、一言。
「ああ、今までありがとう。行ってきます――」
他には何も言わなかった。
言えなかった。
正直、彼女が俺の見えないところでどんな表情をしていたのか気にはなった。
だけど振り返ることはできなかった。
もし振り返って彼女の顔を見てしまったら、また先へ進めなくなりそうだったから。
だから俺は行く。
少し苦しいかもしれないけど、また新しい一歩を踏み出すために、彼女とはここでお別れだ。
ありがとう。そして、さようなら。
夕日で染まる教室で、彼女に別れを告げた。
一度も振り返ることなく、この場所を後にした。
そこには、もう誰もいない。
並べられた机と椅子たちが、窓から差し込む夕日に照らされているだけ。
だけどそこに彼女は確かにいた。
俺だけにしか見えない、大切な人。
たとえそれが幻であっても、俺は彼女のことを絶対に忘れないだろう。
「ばいばい、今まで楽しかったよ。ちゃんと幸せになってよね。――さよなら――」
そういって、彼女が頬を伝わせて一筋のしずくを落としたことを、俺は知らない。
それから俺はもうずっと、彼女には会っていない。
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