0人が本棚に入れています
本棚に追加
「だらしないわね。もうばてたの?」
「お前が急に走るから……」
「仕方ないでしょ、早くしないとあの子の気が変わっちゃうかもしれないじゃない」
「なんだよそれ……」
「ほら、それよりも早くあの子のとこに行かなきゃ」
なんで彼女はこんなにもせかしてくるんだろう。
俺にどうしろというんだ。
「お前はなんでこんなことするんだ?」
思ったことをそのまま口に出していた。
「いや、なんでって、そりゃああんたにちゃんとした彼女ができるかもしれないんだから、仕方ないでしょ」
「ちゃんとした彼女ってなんだよ……。お前は……、お前はもしあの子と俺が付き合うことになったら、それでいいのかよ?」
「そりゃあ、だって私じゃあんたのことは幸せにできないし。きっとあんただっていつか辛くなるだろうし。それだったら、ちゃんとあんたのことみてくれてる女の子とあんたが幸せになってくれた方が、あたしはいいかなって」
「なんだよそれ……」
彼女の言わんとしていることはわかる。けど受け入れることはできない。そんなにすぐに、人は変われない。
「俺は別に、お前がいればそれでいい」
「うん、ありがとう。うれしい。でもね、それじゃダメなんだよ。それじゃああんたはずっと前に進めない」
なんでこんなことを言うんだろう。
彼女はいつも俺の望むようにしてくれた。
それが彼女だから。俺が自分の理想で作った幻だから。
それなのに――
「……なんでそんなこと言うんだよ」
「それは、私があんたのことをほんとに好きで、幸せになって欲しいって、そう思ってるから」
「お前じゃダメなのかよ」
俺がそう尋ねる。
「うん、私じゃダメ。残念だけど、私にはそれはできないから」
彼女は少し寂し気な笑みを浮かべた。
「だからね――」
そのとき、上の方からキィィという錆びついた扉の開く音が聞こえた。
そしてどこか悲しそうな表情のあの子の姿がみえた。
最初のコメントを投稿しよう!