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いいことをしているようで有難迷惑なことをしているような――信吾の心は複雑に入り組み始めていた。彼女も同じ気持ちだったようで、服を受け取りながらもその表情に笑顔はない。そんな不安定な気持ちが上手くかみ合うはずもなく、お互いに居心地が悪くなってきていた。
彼女はフードを被って首元の服を握りしめた。
「……ありがとう」
それ以上、彼女は何も口にしなかった。
彼女は中学生に愛想を振りまく様子もなく、そのまま雨の中、走って行った。
着すぎて動きにくかったかもしれないが、足は軽やかに見えた。
それは中学生の信吾にとって、とても不思議な雨の日の出来事だった。
そして現在。珈琲ぶりこにて、大輔はぐったりとしてせなの愚痴を聞いていた。
「――だ・か・ら!信吾くんは本当に女ったらし!!」
こんなことになるなんて、大輔自身、思いもよらなかった誤算だった。
今日、大輔は信吾と会う約束をしていた。本当なら約束の時間調度に大須に着くはずだったが、午前にあったサークルが予定より早く終わり時間に余裕ができた。せっかくなので珈琲ぶりこで一息ついてから信吾の家に行こうと思っていたのだが――彼の目論見はことごとく裏切られた。珈琲ぶりこの前でせなに捕まり、その後は怒涛の時間がやってきた。とんだタイミングでご乱心のせなに会ってしまったものだ。中に入って注文を済ませると、信吾に対する鬱憤をここぞとばかりに聞かされた。そんな弾丸トークがひと段落着いたときには、信吾と約束した時間を随分とすぎていた。
「何が楽しくてこんなこと……」と口ずさんだら鬼の形相で舌打ちされた。
――ここでのせなの話によると、小さい頃から信吾は女ったらしらしい。
そんな話、今まで聞いたことがないが、今のせなの常識はそのように創り上げられてしまっているらしい。挙句、中学時代に信吾が店の前を訪れた女性をナンパしていたなんて話を持ち出して、「信吾くんはいつか熟女にも手を出すよ!?」と言い出した。「友との縁を切れと言いたいのか?」と聞くと、「どうにかしなさいって言ってるの!」とかみつかれた。その日のせなは珍しく機嫌が悪かった。
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