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信吾は頬をポリポリとかく。
「おまえだから言うけど」
信吾があまりにも腰が重いので、大輔も気を引き締めて耳を傾ける。
きっと、訳ありな客なのだろう。
信吾の口が、ゆっくりと動き出す。
「2人は若い時にこっちに駆け落ちできたんだって。そんなときに、こんな古着屋を見つけちまったらしい。他にも安い店ならいくらでもあるんだけどな」
その場の空気が一気に重くなった。信吾からでてきた話は、大学生が話すにはこみいった内容だった。
「しばらく来れそうにないからってわざわざあいさつに来なくてもいいのにな」と困った様子を見せながらも、信吾は大輔と目を合わせるとはにかんだ。
もしかしたらせなが話してくれた女性とあの人は別人かもしれない。しかし、あの女性が、今でもここの客人だったらいいと心から願ってしまう。
せなの話がなければ、信吾の平然たる振る舞いに危うく大事な話を聞き落とすところだった。先ほどせなに会っていなければ、彼女たちが常連であることに全く引っかかりなど持たなかったはずだ。
大輔は思う。商売人とは、信吾のような人間のことを言うのかもしれない。
もしも二人が同一人物であるのならば、信吾はあの時、彼女が寒そうに見えたから服を与えたのではなく、服に飢えていたから服をよこしたのだ。だから、女物も男物もなんでもやっただろう。季節感なんて、気にもしなかったかもしれない。
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