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自宅に一通の手紙とともに荷物が届いたのは、まとわりつく湿気がうっとうしい梅雨の始めのことだった。インターホン越しに雨音が微かにもれ聞こえる中、業者の男性が形式的な言葉を並べていた。 「荷物?」 通販でなにかを頼んだ覚えはなく、実家からなにかが送られてくるような話も聞いていない。小ぶりな段ボールを片手に抱えた姿がドアスコープ越しに見えて、首を傾げながらも扉を開けた。 「誰からですか?」 伝票を見れば分かることを、それでもあえて尋ねる。 「大河内楓様から、ですね。お受け取りのサインをいただけますか?」 大河内楓、その名前に該当する知り合いは思い付かない。間違いではないかと一瞬言いかけたが、名前も住所も、丁寧な字で滞りなく私を示している。思案したが、業者の方を困らせてもいけないと思い、サインをして荷物を受け取った。 送り主の住所と電話番号も記入されているのだから連絡を取ることもできるが、ひとまず中身を確認してみよう、と箱を開けることにした。すると、中には茶封筒が一つと、有名な高級ブランドの箱が入っていた。 「え…なにこれ」 ストーカーかなにかの仕業じゃないかと、ほんの少し恐怖が頭をよぎる。 恐る恐る封筒を開けてみると、一枚の便箋が入っていた。ひどく整った線の細い文字は、それだけで女性の印象を与える。“楓”という名前が女であるのも相まって、少しばかり安堵の息を漏らした。 “急な贈り物で大変不躾とは思いますが、受け取って下さい。これは貴女へのものなので、私には使うことができません。理由をお話しできないことをお許し下さい” 読み終わると、妙なわだかまりだけが余韻を残した。 もう一度箱の中を見る。名前は私でも知っている、決して自分には手が届かないはずの馬車を模したそのマークも、ブランド名の頭文字をとったそのロゴも、どうしたって慎重にならざるを得ないものだ。そっと包装を開くと、ボールペンのようなものが入っていた。 「万年筆?」 手に取ると、たしかに万年筆だった。 文字を書く上で、今どき万年筆を使う人などいるのだろうか。そんな疑問をよそに、ルージュ色をしたそれは鮮やかに目の前でシャープな光沢を放っていた。
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