姉の独白

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「ねえ、神城くんてどんな人?」  ある晩、風呂上がりに髪を乾かしていた私に良子が尋ねました。  私の家にやってくるクラスメイトは日によってメンバーが変わります。小学六年生ともなれば、同性の友人がやはり多くはなりますが、その中に数名の男子が混じることも珍しくはありません。神城くんは、中でもうちに来る頻度が一番高い男子生徒でした。 「どうって……。普通の人だよ」  嘘です。神城くんは、勉強ができて、足が早くて、校外のサッカークラブに所属しています。かといっておごることなく、分け隔てなく誰にでも優しいため、先生の信頼も厚く、学級委員まで務め上げるような生徒です。普通だなんて、どうしていえるでしょうか。  他の凡庸な男子たちとは異なり、いつだって彼の姿は一際輝いていました。日に焼けた彼の横顔を眺める度に、私の胸はまだ熟れていない木苺を裏庭でこっそり囓(かじ)った時のように縮みあがるのです。  鏡越しに見る良子は髪の毛をくるくるともて遊んでいました。洗面台は、風呂場への扉を開け放しているせいで息苦しいほどの湿気でした。 「神城くんに『彼女にしてください』って言ったら、ませガキだって。ひどくない?」  ちろりと唇の端からのぞく舌は、ゾッとするくらい赤く見えました。まだ十にも満たない、初潮すら迎えていない私の妹は、どうしようもなく、嫌になるくらい「女」の顔をしていたのです。  咄嗟に「嫌だ」と思いました。良子のためなら何でもしたいと思っていた私にとって、それは初めての綻(ほころ)びでした。  半分、半分、半分。今まで良子に捧げたたくさんの半分。良子はそれでは満足しないのでしょうか。 「神城くん、私は好きじゃないな。粗野で、乱暴で。……やめといた方がいいんじゃない?」  早口で嘘を並べると、良子は「ふうん」と興味を失ったかのように自室へと戻っていきました。心臓が音を立てていました。意図せず貼り付けられた神城くんの面影と、良子の舌の赤さが目眩となって頭の中を駆け巡ります。私は濡れそぼった髪の毛を、ドライヤーの冷風でいつまでも乾かしていました。
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