1.帰郷

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実家近くの停留所でバスを降りる。 バス停から徒歩わずか二分のところに実家はある。 そこに行きつくまでに目に映る景観はまるで知らない場所のようだ。 見慣れないアパートや瀟洒なマンションが多く立ち並んでいることに戸惑う。 段々と見えてくる中野荘、それが俺が十五まで育ったおんぼろアパート。いまだ健在。 様変わりしてすっかり洒落こけた街の中で明らかに異質だ。 中野荘はあの当時ですでに築三十年が経過していたと記憶している。 二階建の風呂なしアパート。トイレだけは各部屋にあってなおかつ水洗だったのが唯一の救いだった。 しかし思えば、あの当時ここら近辺はハイソからは遠い地域で、また情緒ある下町とも言い難かった。 福岡市内のよその地区の人間からは景観が損なわれるとか、地元の人間からはガラが悪くみられるとか、そんなことを言われる一帯で、あの頃はもう少しおんなじような住居があったはずだけれど。 他はもう更地になったり駐車場になったり、メゾンとかついた若者向けのアパートやアルカディアなんちゃらとかいう高層マンションになっていたり。 博多駅あたりはさほど時の流れを感じなかったけれど、意外と郊外のほうが驚くべき変貌を遂げていることを地元でも実感することになるとは。 もっともこのあたりは大きな環状道路も出来て開発が進んだという話は風の噂できいていたけれど。想像以上で驚く。 そして、それだけ自分自身の人生も上京してから十五年もの間に大きな変化があった。 はたして自分が望んでいた道だったのか。 少なくとも今の自分はあの頃の俺が望んでなどいないし、ましてや蔑んでいた部類じゃあないか。 あの男と一緒の。
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