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中野荘の102号室。ここは俺が中学卒業するまで育ったウチだ。
六畳一間の小さな住まいに親父と二人暮らし。
母親は俺が物心つく前に男と駆け落ちしたらしい。
あくまでも大家のババアがお節介に教えてくれた情報だから、真相はわからないけれど、あの男を見てれば、家を出ていくのも合点がいく。
しかしながら、息子を棄てていくことはないだろうと、少し前まではもしも逢ったなら恨み言一つでも言ってやるつもりだった。
いや、恨み言の一つや二つじゃ済まないな。罵詈雑言浴びせてやるつもりだった。
けれど、今となってはそんなこと吐けやしないし、今の俺の前に出てこられたなら、あの男の息子だから棄てたのだと逆に言われかねないだろう。
鍵をかけても強く回せば開いてしまうドアノブ。いつしか鍵をかけないのが我が家の常識になっていた。
それに手をかける。
ん?
珍しく鍵がかけられている。
あの男、いつから鍵をかけるようになったんだろうか。
首を傾げながらガチャガチャと乱暴にひねると、あの頃と変わらずいとも簡単に開錠した。
あいつに会ったらどうしようか。
東京を発った時から何度も考えながらも結局のところ段取りを立てることが出来なかった。
とにかく殺すとしか考えられなかった。
右手に持ったダレスバッグに視線を落とす。
一思いに殺るのはもったいないな。
ゆっくりとドアノブをひねっていくと、一気に緊張感が高まっていく。
ドアを開けると、中はガランとしていた。思わず拍子抜け。
しかし、どこか安堵しているヘタレな自分にむかっ腹が立つ。
あの頃から生活に必要な最低限の物しかなかったけれど、そういうことではなく今ここには生活感がない。
不審に思い、電気メーターを見るとそれは止まっていた。
しかし、生活感がないと言っても、家財や生活するのにあったほうがいいであろう冷蔵庫やレンジなどはあった。
家での娯楽がテレビくらいしかなかったあの男の部屋にテレビがないのもおかしい。
もしかすると、女のところにでも転がり込んでいるのかもしれないな。
あの男、もう七十近いのに相変わらずだな。
女に少々だらしないのも認めたくないけれど、あの男譲りだな。
玄関の小さな姿見に映る自身の顔がまるであの頃の男に見えてすぐに視線をそらした。
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