船山さんはブラック

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船山さんはブラック

(side 仙道)  結局一睡もできなかった。  東の空が白々と明けてゆく、その紫のグラデーションを目で追いながら、夜明けのコーヒーを年下の上司に差し出す。 こんなに早く、船山さんとこんな風に朝を迎えることになるなんて…。  一流と呼ばれる某電機メーカーを辞め、ベンチャー同然のこの会社に転職して半年。経験者として受け入れられ、この上司 船山昇さんの下に配属された。船山さんはとても優しい。僕が納得するまで作り込む事を許してくれる。納期が押している時は、延長の交渉をいつの間にか済ませていたりする。  自分の工夫したシステムが、働く人の役に立つ。とてもやりがいのある仕事に関わっている。若い会社で、同僚に同世代が多く、気兼ねなく会話が楽しめるのもいい。前の会社では、休日まで同僚と過ごすなんて考えられないことだった。  望みを遠慮せず言える、会社の同僚を通り越した親近感。  いつかこうなる気がしていた。船山さんには申し訳ないが、僕は喜んでいる。でも、軽々しく言いふらしてはいけない。これで彼の評価が下がるような事があったらどうしよう…。焦る反面、秘密の共有にワクワクしているのだ。こんな展開、むしろ心の何処かで望んでいたのかも知れない。  ボタン1つで一杯毎に淹れるコーヒーは、そのまま飲むには熱すぎるくらいの熱を孕んだまま、手から手へと移る。立ち昇る薫りが、気だるい身体に染みて行く。今日はまだ金曜日。残念ながら、今からひと眠りする時間は無い。  窓の外をぼんやり眺めていた船山さんが僕に言う。  「…仙道さん、ホントは後悔してるんじゃないですか?こんな面倒臭いことに片足を踏み入れてしまって。前の会社だったらあり得ないでしょう?こんな事…。」  問い掛けているクセに、こちらを見ようともしないで呟く。感情が含まれない発声に一瞬ひるんでしまった。なんと返答しようか、働かない脳をフル稼働させる。  「何を今更。後悔なんかする訳無いじゃないですか。自分で望んで、こうしたんです。自分の手で、気持ちで、選んで紡いだ結果ですよ。悔むだなんてとんでもない。」  予想した通りの返答だったのか、船山さんの頬が緩んだ。2歳しか違わないのに、可愛らしい表情。この人は笑うと途端に幼く見える。
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