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「せ、せんぱ…」
「いつから私を名前で呼ぶようになられたんです?」
止めようとしたギノアを遮るようにクロノの発した言葉は、とてもフラットだった。
世間話でもするかのようにただ感じた疑問へ問いを投げかけただけ。
けれど無表情も相まってか、それはまるで咎める様な印象をウィルソンに与えた。
「すまない…“魔法使い”」
ウィルソンはそこではじめてクロノから視線を外した。
そのまま立ち去ろうとするウィルソンに構わずクロノは話しかける。
「別に悪いなんて言ってませんよ?私はもう魔法を使いませんから、今までの呼び方は変でしょうし」
「…っ」
いたって平静に聞こえるそれが、ウィルソンの逃げようとしていた部分を捕らえる。
まだ、許されてなどいなかった。
今もなおウィルソンに対するクロノの思いは微塵も変わっていない。
それを実感させられたウィルソンはただ俯く事しかできなかった。
「先輩っ!お茶、しましょう!」
重い空気を吹き飛ばさんばかりに張り上げられたその声は、明るくて、けれどとても必死そうで、思わずウィルソンは顔を上げる。
「ギノア…」
腕にしがみつく人物に、驚いたように目を丸めて名を呼ぶクロノ。
「ほら!さっき言ったじゃないっすか!俺淹れるんで、付き合ってください!」
「…わかったから、叫ぶなって。腕も引っ張るな、聞いてんのか?」
耳元で叫ぶその人物を呆れたように諭すクロノ。
それは革命後、ウィルソンが初めて見た自然体のクロノの姿。
飾り気のないありのままの姿勢は、自分が好意を抱いた人物そのもので、安堵と空気を読まずに湧き上がる「好きだ」という気持ちに、ウィルソンは口角が上がりそうになるのを必死におさえた。
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