クリス・レイモンドの手記 2

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あれからいくつもの偶然が重なり、望外の幸運によって今があるわけなのだが、それにしても、あの木箱のことをうっかり忘れていたとは、まったくの不覚であった。 結婚してからもずっと、妻の頭からはチョコレートの精が片時も離れず、ときおり思い出してはあの黒マスクの男のことを私に語っていた。 懐かしそうに、遠い目をする妻を見ていると、もしや彼女の心に住まう男は、実はクリス・レイモンドではなく、チョコレートの精だったのではと思いたくなるほどだ。 自分の恋敵が自分とは、まったく笑えない話である。 なぜもっと早く、チョコレートの精の正体が、実は自分であると告げなかったかと言う話だが、タイミングもなかなかに難しく、また、時がたてば彼女も忘れるだろうと楽観視していたもの事実だ。 しかし今、この木箱の中の真実を、彼女は知ってしまった。 またいつか会えると、そう信じていたチョコレートの精が、実は世界のどこにもいないということも。 どう言い訳しても、私が彼女を欺いていたことは事実だ。 こんな私を、妻は許してくれるだろうか。 ほそい肩がぴくりと震えた。そろそろ夢からさめるのだろう。 彼女が目覚めたら、なんと言おうか。 いとしい姫よ、どうか私を許しておくれ。 私はあなたに誓う。 永遠にあなただけの、チョコレートの精であることを。 -fin-
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