一 最強剣士と愛弟子

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「相手が得物を失った瞬間というのは絶対の好機ですが、同時に一番判断が難しいときでもあります。これからミネルヴァ様は、技術だけでなく瞬時の判断力というものを鍛えなくてはいけません」 「はい。肝に銘じます」 「しかし、今の攻防は非常に良かったですよ」 「ありがとうございます。でも――」  褒められて一瞬は喜色を浮かべたミネルヴァだが、すぐに表情を引き締めた。  一見善戦したかに見えた先ほどの攻防だが、マーシャが手加減していたのはミネルヴァにも明らかであった。マーシャが攻めに転じてからの連撃。実は、あれは基本の型通りの単調な攻撃であり、それゆえミネルヴァにも次の一手を予測することができた。しかし、それでも防戦一方となったのは、マーシャの剣が常識外れに疾く、そして正確だったからである。わずかな隙が生まれたのも、剣が弾かれたのも、意図的なものだったのだろうとミネルヴァは考える。 「ふう、先生はやはり凄いです。みなが先生の引退を惜しむわけですわ」 「いや、私などが剣士としてやっていけたのは、運がよかったからですよ。私より上手(うわて)の武術家はごまんとおりましょう」  マーシャは謙遜するが、その実彼女は弱冠十八にして王国軍主催の剣術大会を制し、以来五年間公式戦で一九六戦無敗という偉業を成し遂げた傑物である。これは連勝記録としては歴代一位のもので、二位とは二倍以上の差がある、まさに前人未到の大記録である。  彼女が現役を退いてから数年経つが、当時を知る武術愛好家はいまだマーシャこそが最強であると言って憚らないのも当然のことと言えよう。 「さて、もう一本お願いします」  気を取り直し、ミネルヴァがふたたび剣を取る。 「ええ、心行くまでお相手いたしましょう」  その後、七度の立会いが行われるも、ミネルヴァがマーシャから一本取ることはこの日も叶わなかった。
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