一 最強剣士と愛弟子

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「お疲れ様です、お嬢様」  稽古を終え、ハンカチで汗を拭くミネルヴァのもとに、盆に載せたティーセットを携えパメラがやって来た。 「パメラ、ご苦労だったね。いつも助かっているよ」  差し出されたカップを受け取ったマーシャが、パメラを労う。 「いえ、勿体無いお言葉です」  パメラは涼しい顔だ。しかし、あの酷い有り様の部屋を片付けるのは、相当な重労働であったことだろう。 「まったく、もう。差し出がましいですけど、先生はもう少し普段から整理整頓をすべきですわ」 「いやあ、耳が痛い……ところで、お父上はご壮健ですか?」  鼻の頭を掻きながら、マーシャは話題を変える。 「それはもう、周りが迷惑なほどに。ああ、去年兄上のところに生まれたばかりの孫に、いまだ顔を見せるたびに泣かれると言って落ち込んでいましたわね。いつもあのくらい静かだと助かるのですが」  ミネルヴァが辛辣な言葉を吐く。  山のような体躯ともじゃもじゃの髯面で、およそ大貴族とは思えぬ風貌の持ち主であるフォーサイス公爵は、その外見どおり豪快で快活な男だ。老齢に差し掛かっていながら、日々の鍛錬を欠かさぬ気骨の持ち主であるのだが、必要以上に活力に満ち溢れる公爵に周りが辟易することもしばしばである。 (小さな子供に怖がられるのは想像に難くないが……あの熊のような御仁が孫に手を焼くというのはなんとも微笑ましい光景であるな)  思わずマーシャも苦笑する。 「先生が最近顔を見せないものですから、自分がここを訪ねようかと言ってましたわよ」 「いや、公爵閣下をこのようなあばら屋(・・・・)にお招きするわけには……」  そう言って、マーシャは自らの住まいを見上げる。  築一五〇年にはなるというその建物は、かつて地方から出てきた単身者の官吏や軍人に貸し与えるために建てられたという。建国当初の王城があった場所に隣接したこの区画は、行政の中心地にほど近く宿舎にぴったりの立地といえた。しかし、六十年ほど前に王城が街の西部に移されてからは利便性が悪化。老朽化が進んだこともあって、民間に安く払い下げられたのだ。これを買い取ったのがマーシャであり、彼女はこの大きな建物で貸し部屋業を営み日々暮らしているというわけである。
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