一 最強剣士と愛弟子

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 石造りの建物はいまだどっしりと堅牢であるけれども、住民から修繕の依頼が来ない月はないほどのおんぼろであった。最上階にあるマーシャの部屋でも、つい先ごろ雨漏りが起きたばかりだ。 「そんな細かいことを気にする人じゃありませんのに。それに、私だってこうして月に何度も通っておりますのよ」  桜蓮荘があるのは王都レンの東部、いわゆる下町に分類されるロータス街という区画だ。長らく泰平の世が続くシーラント王国は、世界でも有数の治安の良さを誇る国と言われているが、それでも大都市の下町にはごろつき、ならず者の類が数多い。  また、桜蓮荘周辺は狭く入り組んだ道が多い。途中で馬車を降り徒歩で向かったほうが早いため、ミネルヴァはいつもそうしている。  しかし――一目でそれとわかるような貴族の令嬢が、お供一人のみを連れて歩いてよい場所でないのは言うまでもない。  もっとも、ミネルヴァの腕前はマーシャも認めるところであり、ごろつきの一人や二人ならものの数ではない。危険なのは、敵がミネルヴァをフォーサイス家息女と知ったうえで、計画的・組織的に襲撃を行った場合である。  マーシャは、ちらりとパメラを見やった。パメラは、二人のやり取りを表情一つ動かさず、微動だにせず見守っている。  マーシャは、さりげなくシャツの合わせに手をやる。ぴくり、とパメラの右手が痙攣するように動いた。 「――グレンヴィル様、お戯れを」  そう言うと、パメラはほんのわずかに眉根を寄せた。 「いや、すまなかった」  マーシャは、笑いながら軽くパメラの肩を叩く。 (……まあ、この分なら心配は要るまい)  そもそも、いくらフォーサイス公爵が剛毅な男だとて、大事な娘を考えなしに送り出すはずもない。 「お嬢様、そろそろ時間にございます」 「そうですわね。……お名残惜しいですが、本日はこれにて失礼いたしますわ」 「はい。それではまた」 「グレンヴィル様、奥様から手土産にと預かった品を、部屋に置かせていただきました。早いうちにお召し上がりになってください」 「これはかたじけない。ならばなおのこと、早急にお屋敷に参らねばなりませんね」 「是非に。お待ちしておりますわ」  手を振り、二人を見送るマーシャであった。
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