一 最強剣士と愛弟子

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 ちょうど戸口に辿り着いたところで、上品なノックの音とともに凛としたが響く。 「先生、マーシャ先生。ミネルヴァにございます」 「はい、今開けますよ」  玄関口に立っていたのは、マーシャの推測どおり二人の女性だった。  一人は先ほどの声の主、ミネルヴァ・フォーサイス。美しい巻き毛の金髪と、ぱっちりとした碧眼が印象的だ。十七歳になったばかりの彼女は、咲き誇る花のように瑞々しく可憐な乙女である。  フリルやレースで装飾されたふわふわのドレスを着れば、さぞかし似合うことだろう。しかし実際のミネルヴァは、綿の簡素なブラウスの上になめし皮の胴鎧、下はスラックスに編み上げ式の長靴といういささか無骨な出で立ちだ。これは剣術訓練用の服装なのだ。  ミネルヴァは、この国有数の大貴族であり、俗に「七大公爵家」と呼ばれる家柄の一つ、エージル公爵・フォーサイス家の令嬢である。  伝統的に武勇を尊ぶ気風が強いシーラント王国。建国当初から武門の頂点に立つ存在であるフォーサイス家では、特にその傾向が強い。そこで育ったミネルヴァは、父や兄たちの影響もあって剣術を嗜むようになった。そしてたゆまぬ努力を続けた結果、今ではそこらの男ではとうてい敵わぬほどの腕前を誇っている。しかし、それでも飽き足らぬミネルヴァは、最強と謳われたマーシャのもとを時折訪れて稽古をつけてもらっているのだ。  ミネルヴァは寝起きのマーシャの顔をみるや、顔をしかめた。 「マーシャ先生、相変わらずですわね……こんな時間まで眠っていらしたんですの?」 「夕べは思いもかけずいい酒が手に入ったのでね、ついつい深酒をしてしまったのですよ」 「せっかくお美しい御髪をお持ちですのに。お手入れをなさらないと勿体ないですわ」 「まあ、そのあたりの話は稽古の後ということで」  苦笑して、マーシャが話題を打ち切った。
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