3. 燻焔

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 水を張った大鍋に食材が投入され、今度は米を研ぎに洗い場へ向かう子供達。 「あら、お部屋に携帯電話を忘れたみたい。ちょっと取りに行ってくるわ」  大鍋の世話を瀬尾の奥さんに任せると、妻は合宿所の建物へ足早に向かった。  オレは大鍋の横に薬缶を置いて、湯を沸かす。自宅から持参した珈琲豆を取り出して、合宿所備え付けのアルミカップにフィルターをセット。まずは少量の湯を落としてしばらく珈琲豆を蒸らしてから、ゆっくりと湯を注いでいく。  この動作を二回。妻は紅茶党で、珈琲を飲まない。大きな木ベラで鍋をゆっくり掻き混ぜている瀬尾の奥さんにカップを示して、大鍋の世話を交代する。  話好きの妻に付き合ってはくれているが、本来は口数の少ない人だ。頭上の広葉樹の葉を揺らす風の音に、「いただきます」と囁く彼女の声が混ざる。  それ以上の会話はない。  オレは黙したままその場を離れて、また火おこしの作業に戻る。
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